月夜見 “台風一過”

         〜大川の向こう より

 
沖縄界隈でうろうろと徘徊しているばっかりで、
次に発生したのがあっさり追い抜いてったほど、
本当にぐずぐずしていた15号だったのに。
列島間近へやって来たらば、
記録的とさえ言われる大きさに育っており。
しかもしかも、
進行速度がトロいところは相変わらずだったので、
ぎりぎり太平洋上の同じところに居座り続けたもんだから、
西日本の湾岸沿い地域はこぞって被害甚大。
そのままじりじりと東へ逸れて、駿河は静岡へ上陸し、
一直線に首都を直撃したため、
強風と線路の保全確認のためJRや各私鉄が運行を停止するわ、
幹線道路が各地で冠水して寸断されるわで、
東北大震災の時のように、帰宅難民が山ほど出たそうで。


  大変だった皆様、お見舞い申し上げます。
  台風が去った後も土砂災害の恐れがあります。
  川の中にはこれから増水する所もあります。
  たくさん雨が降った地域では特に、
  どうか、まだまだご用心を怠られませんように。




      ◇◇◇



皆様にはお馴染み、
大川の真ん中に位置する小さな中州の里も、
大きな台風が来ると艀
(はしけ)も出せずで完全に孤立してしまう。
電話線や電線が切れたりした日にゃあ、
単なる停電どころじゃない。
こっちから異状を知らせぬと、関係筋にはなかなか伝わらぬこと。
なのでか、下手すりゃ復旧作業も一番 後回しにされかねぬ。

 『いや、さすがに最近は
  そういうこともなくなってるらしいけれど。』

むしろ一番に気遣われての、
管轄関係筋からは、安否確認の連絡が入るほどになりはしたが。
むしろ、住人らの感覚の方が物凄く。
あまりに小さい里なのと、地図の上での距離感の短さからだろか、
どれほどの台風が来ようが、大雨に襲われようが、
川の真ん中という立地なことへさえ、
昔っからあまり動じない皆様なのも相変わらずであり。
小さな中州ではあるが、いわゆる“海抜0メートル地域”ではないものだから。
どれほどの増水に襲われても、川端ぎりぎりの施設以外はびくともしないし、
石積みの古い家たちは、
だからこそ居残って来た強わものぞろいで、やっぱりびくとも以下同文。
なので、腕白盛りの子供らなぞは、
空を翔る稲妻の光や轟く雷、重々しい風の唸りにも、
興奮してきゃっきゃとはしゃぐ始末であり。

 「……まあ、避難訓練は欠かさないから。」
 「そうさな。」
 「何かあったら、
  丘の上の集会場へ集まるようにというのは徹底しとるし。」

小さな里なればこそ、大人が子供を全員把握しているし、
川に囲まれている土地だからこその用心も言い聞かされている童たち、
迷信ぽい話が作り話だと気づくころには、
自分でちゃんと目配りし、行動への判断も出来る、
大きなお兄さんお姉さんになっているので、やはり問題は無しと。
そういうものってのは案外と、
計算せずとも合理的に出来てるものならしい。


  ……………………で。





 「買い出し、買い出し♪」

テレビやラジオのニュースばかりじゃあない、
ご町内の皆様へという街頭放送まで流してのこと。
準備に怠りはないですかと呼びかけてあるので、
電池や飲料水に、簡易の非常食やおむすびなどなど、
事前にきっちりと準備も万端。
停電でも冠水でもどんと来いと構えた心意気に、
お天道様も免じてくださったものか。
今回の大型台風に関しては、
各地の惨状を気の毒にと案じる側で落ち着いた。
とはいえ、
土のうの用意だの溝や側溝の大掃除だのやへ繰り出した皆様への、
応援炊き出しもあってのこと。
台風一過した途端、
買い足しておかなきゃというものが早速幾つか出来てしまい。
艀の運行が始まるや否や、
会社や上の学校へと出向く皆様の中に混じって、
小さな坊やがわくわくとはしゃぎつつ乗船しておいで。

 「あら、ルフィ。」
 「こんな早くにどうしたね。」

まさかに一人ではなかろうと居合わせたおばさんたちが見回せば、
乗り込んですぐにも置いてかれたらしいマキノが
やっとのこと捜し当てての追いついて来たので、
ああやっぱりねぇと、みんなして胸を撫で下ろす。

 「ルフィ、落ちたら危ないから離れないでって。」
 「へーきだっ。」

むんと胸を張るガキ大将の威張りようへこそ、
周囲の皆さんが沸いたところで、

 「おはようございますvv」
 「あ、ナミさん、おはようございます。」

普段は生意気盛りのお嬢さんも、
マキノさんだけは別格と、
お行儀のいい声をかけるところも注目点で。
年下、中学生相手でも丁寧なご挨拶を下さるお姉さん、
地元の女子たちも こっそりと憧れの対象としているマドンナさんだが。
やんちゃしまくりの腕白坊やを上手にいなし、
到底 手を焼かされているとは思えないままに、
はんなりした麗しさを保ち続けていることもまた、
尊敬されてる理由かも。

 「買い出しですか?」
 「そうなの。」

困った困ったと含羞むように微笑ったお姉さんの傍らで、

 「あんなあんな、電池と米がなくなったんだ。」

船着き場の葦を刈ったりどけたりに張り切り過ぎて、
おっちゃんや兄ちゃんたちに握り飯いっぱい要ったんでと。
一丁前な説明をする坊ちゃんの言う通りの事情から、
回船業を営む赤髪操船の従業員用長屋の食糧庫が空になったらしく。

 「しょうもねぇ大人たちだよな。」

何でか“えっへん”と大威張りで言う坊やなのへ、

 「あら、でも電池がないのはルフィのせいでしょう。」

まだ停電にもなってないうちから、
懐中電灯をあちこちで使いまくったり、
まだテレビが点いてたのに、
携帯ゲームや電池のいる玩具で遊んだりしていたからでしょう?と。
他意はないらしい はんなり笑顔でもって、
あっさりと返り討ちにしてしまうおっかなさよ。

 「うう〜〜〜。//////」

してやられたぁと唇とがらせる坊やなのへ、
周囲の大人たちが沸く中で、

 “…天然おそるべし。”

子供の側にまだ近いナミとしては、
やんわりとしたお説教も一緒よね、あれ…と。
腕白さんの操縦術の見事さへ、
別な感心をしていたりする奥の深さよ。(おいおい)

 「それじゃあ、此処でvv」
 「ええ、お勉強頑張ってね?」

そうこうするうちにも艀は対岸へ到着し、
学校へ向かう皆さんとはお別れだと、船着き場で手を振り合ってから、

 「ルフィ、迷子になるから離れちゃダメよ?」
 「へーきだっ。」

早速にもパタパタッとかけて行きかかる王子の小さな肩、
はっしと捕まえる反射はさすがに大した手腕。
車の通る大きい道もある地ゆえ、
艀を降りたら…マキノさんの反射もさすがに鋭くなるらしく。

 「いいわね? 商店街の向こうまで突き抜けてってはダメよ?」

そちらこそ、二車線道路が待ち構える危険地帯であり。
さすがにルフィもそのくらいはわきまえているのだろう。
道路と言えば、
中州の中では必要がないからのこと、
自転車か軽トラしか見かけないものの、
こちらから会社へ向かう人たちの中には、
駐車場を借りて此処から乗ってくという人も幾人かおいで。
船着き場から商店街までの短い道なりの途中には、
そんな人たちの車が置いてある駐車場もあって。

 「これは ベンので、こっちはヤソップおいちゃんの。
  ほいで、こっちがルウおいちゃんのvv」
 「あら、もう覚えたのね。」
 「うんっ!」

手をつないで歩むマキノを見上げ、再び鼻高々になる坊や。
父上の営む回船事務所には、車が趣味だという顔触れが何人かおり、
時折、掘り出し物だとかいう、
確かに滅多には見ない車に乗ってることもあり。

 「ヤソップおいちゃんとルウおいちゃんは、
  競争するみたいに取っ替え引っ替えしてるけど。」

俺としては前の車のほうが好きだったなぁと、
金網のフェンス越し、ちょっぴりレトロな車たちを見やって、
一人前に腕を組み“う〜ん”なんて唸っては、
またぞろマキノさんを笑わせている坊やだったりし。

 「………お?」

そこへと響いて来たのが、
随分と低く轟くイグゾーストノイズ。
これはエンジン部分が剥き出しの、
そう、オートバイの音じゃあなかろかと、
あちこちキョロキョロしだした坊やで。
マキノもまた、うふふと小さく微笑って辺りを見回せば、

 「あ、来たぞっ!」

結構大きな音ながら、
それでもどるんどるんと停車モードへ下がりつつある
エンジン音を響かせて。
二人して眺めやってた駐車場へと一台の大型バイクが入ってくる。
排気量750cc以上らしい、いかにも勇壮で重々しい、
野牛のような大きなマシンは、だが、
カウルというカバーでエンジン部分がすっぽりとは覆われていない、
アクチュエイターパイプや電装部分も武骨に剥き出しの、
どこかクラシックな型のそれで。
こんな大きなマシンだと、引き起こすだけでも相当に力が要るので、
普通の免許では乗れないし、原付用なんて おとといおいでの世界。
限定解除という特別の資格が要りようだとかで、
それを“成程なぁ”と自然と示すよに、
搭乗者もまた余裕の 手綱…もとえハンドルさばきで、
大きな鋼の塊、苦もなく操り、
ドウンと停車させると、手際よく降り立ってくる。
走行風避けだろう丈夫そうなジャケットに
革なのかゆったりしたカーゴパンツとハーフブーツ。
精悍な手で大きなフルフェイスのヘルメットを脱ぎ去った御仁は、
そのまま にかりと頬笑むと、

 「おお、ルフィではないか。買い物か?」
 「そだぞ、レイリーのおっちゃんvv」

うなじで束ねた長髪の方は気にならぬらしいものの、
白い顎髭が偏ってないかとでも思うのか、
殊更わしわしとしごきつつ。
それでも悠然とした態度でおわす風格のあることと言ったら、
なかなか比類するもののなかろう雄々しさで。
たまたま通りすがったらしい、突っ張り風の高校生が、
自分よりも上背のある、なのに矍鑠とした老師が
颯爽と歩んで来たのと擦れ違いざま、
そこまではいかにも偉そうに突っ張らかしてた肩を萎えさせ、
その肩越しに振り返ってまでして、
ポカンと見ほれていたほどだったから推して知るべし。

 「レイリーさんこそ、こうまで早くにどうなさったんです?」

どう見てもどこかから戻って来ましたという様子だったの、
フェンス越しながらも、これはマキノが尋ねれば。
味のある笑みをにじませて目許を細め、
細い銀縁、丸みのある眼鏡をそこへとかけながら。

 「なに、あやつが雨風にさらされて、
  それでのうてもここんところ構ってやれんで、
  機嫌を悪くしてはないかと思うてな。」

離れたばかりのバイクをその所作で示しつつ、
思い立ってのそこいらをひとっ走りして来ただけというから、
これまたどんだけ余裕の御仁であることか。


  あんなあんな? エースがな、
  レイリーのおっちゃんのと
  同じバイクに乗るんだってゆってたぞ?

  おや、そんなことをかね?

  おお。
  だのに、周りが止めるからって、
  時々ぷんぷん怒ってる。


内緒だぞと言う割に、
さして声を押さえずの筒抜け状態で暴露している小さな王子。
困ったわねぇと苦笑するマキノを尻目に、
楽しそうな坊やの屈託のない笑顔は、
通り過ぎた台風にほっと一息ついてるような青空よりも、
何とはなく目映いそれであったそうな。







  〜Fine〜  11.08.22.


  *レイリーさんほど雄々しい壮年ならば、
   若い衆の運転手つき高級外車も貫禄に見合ってていいけど、
   限定解除を自分で荒々しく乗りこなすのもカッコいいかと思いましてvv
   ハーレーよりも カワサキのゼファーかな?
   そんで、男臭くて カッコいい〜vvなんて、
   ルフィがひとしきり褒めるもんだから、
   ゾロも大型免許を取ろうと
   こっそり心に誓ってたら可愛いですvv
   そいで、バイト先で重宝がられると。(そこかい)


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